Cuba / Documentary Photography
キューバという「理想」と「現実」の狭間で
2016年。フィデル・カストロ死去直後のキューバを、私はカメラを持って歩いていた。あの旅で見た違和感は、2026年の今、ニュースの向こう側で再び輪郭を持ちはじめている。
オバマ大統領がキューバとの国交正常化を進め、世界が「変わり始めたキューバ」に注目していた頃。私は、カメラを持ってハバナへ向かった。
革命、葉巻、ラム酒、クラシックカー、ラテン音楽。そんな“絵になる国”を撮りに行ったつもりだった。けれど、実際にそこにあったのは、もっと複雑で、もっと人間臭く、そして今振り返ると、崩れ始める直前のキューバだったのかもしれない。
フィデル・カストロ死去直後のハバナ
到着したタイミングは、偶然にもフィデル・カストロ死去直後だった。国全体が喪に包まれ、音楽も酒も止められていた。本来なら陽気なはずのキューバは、静かで、それでいてどこか熱を帯びていた。
革命広場では、何万人もの市民がフィデルの名を叫び続けていた。誰かに言わされているようにも見えたし、本気で別れを惜しんでいるようにも見えた。そのどちらか一方だけでは、たぶん説明できない国だった。
街を歩けば、崩れ落ちそうな建物に住みながら、笑顔で声をかけてくる若者たちがいた。教育も医療も無償。助け合いの精神。貧しくても誇りを持って生きる人々。
確かに、そこには資本主義だけでは測れない豊かさがあった。でも、その裏側も、私は見てしまった。
「平等」を掲げる国で見えた差
外国語も話せる。頭もいい。センスもある。それなのに、若者たちは劣悪な環境で暮らし、未来を描けずにいた。
そして、その一方で、権力に近い人間たちは明らかに別世界の暮らしをしている。「平等」を掲げる国なのに、なぜこんなにも差があるのか。
外国人観光客が増え始め、アメリカ資本が入り始めていた当時のキューバには、希望と同時に、“何かが壊れていく予感”が確かに漂っていた。
2026年のキューバ危機を見ながら
2026年現在。キューバでは燃料不足と停電が深刻化している。報道によれば、政府はディーゼル燃料や重油の不足を認め、ハバナでは長時間の停電が続いているという。物流や観光にも大きな影響が出ている。
さらに、軍系企業GAESAが経済の中枢を握っていることも、海外メディアであらためて注目されている。
あの旅の中で感じた違和感。素晴らしい思想を掲げながら、なぜ特権階級だけが豊かなのか。それは、今のキューバをめぐる報道の中でも、何度も浮かび上がってくる問いのように思える。
けれど、私が本当に心配しているのは、経済の数字だけじゃない。あの人たちは、今も笑えているだろうか。
それでも、人が魅力的だった
キューバを旅して、私は強く思った。この国は、ただ「美しい国」ではない。矛盾だらけだ。理想と現実が、無理やり同居している。
それでも、人が魅力的だった。驚くほど人懐っこくて、陽気で、誇り高くて、そして優しかった。だからこそ、今のニュースを見るたびに胸が苦しくなる。
世界は、ネットとスマートフォンで均一化され続けている。観光化された“綺麗な文化”だけが残り、生活感のある本物の文化は、静かに消えていく。
私はあの時、無意識にそれを撮ろうとしていたのかもしれない。
風前の灯火となった生活感あふれる文化を撮影すること、それが私の使命。
あの旅の日記の最後に、私はそう書いていた。今読み返しても、その感覚は変わっていない。
そして2026年の今、あの時撮った写真は、ただの旅の記録ではなくなっている。変わりゆく時代の、ほんの手前に立っていた人たちの記録。理想と現実の狭間で、それでも笑っていた人たちの記録。
私にとってキューバは、風景ではなかった。人を撮るべき場所だった。
参考:Reuters / Reuters Connect「Cuba has run out of diesel and fuel oil amid US oil blockade」、Reuters「What is GAESA, which has taken center stage in US-Cuba tensions?」、Reuters「Shippers Hapag-Lloyd, CMA CGM suspend Cuba bookings after US executive order」、The Guardian「Cuba has run out of diesel and fuel oil, energy minister says」