Before They Pass Away
色彩豊かな伝統衣装を身にまとった人物の写真集「Before They Pass Away ~彼らがいなくなる前に~/Jimmy Nelson」を図書館で借りてきた。この2016年に出版された写真集は、ジミーが世界30ヶ国余りを巡り、地理的、伝統的な特異性、また何よりもあでやかな美しさを基準に撮影した民族が主に映っている。大判カメラで細部の質感まで表現した美しい写真もさることながら、民族の特徴を起源、伝統、信仰、日常、食事の項目で説明していて、非常に勉強にもなる本だ。
著者の考えと、自分が写真の世界にのめりこんだ理由とが、非常に合致していたので紹介したい。
この本で被写体となっているチベット民族、ヒンバ族、アマゾン原住民は、私も訪問して撮影したことがある。伝統的な衣装や暮らしぶりを今もなお続ける人々を、私が撮影したいと思ったきっかけを二つ振り返ってみる。
①バックパッカー走り出しの2006年に訪れたカンボジアで、貧民街を歩いていた時のこと。かつて日本にもあっただろう素朴すぎる生活風景を見て感慨にふけっていた。そんなとき、おんぼろバラックから不意に出てきた家の人が、携帯電話を片手に電話の向こうの人と口論をはじめた。
「携帯が世界に普及したら世界は均一化してしまって面白くなくなるだろうな。その前に行きたいところが沢山ある!!」と感じた。
写真集の中でジミーは「富とテクノロジーにおける急速な進化がやがて、これまで独自のアイデンティティーと価値観を保ってきた文化にまで及ぶのは避けられないことである。」という言葉があった。正に私が感じたことそのままで、親近感を覚えた。「絶滅に瀕した文化、孤立した遠隔地に住む集団が永久に消え去る前に、その映像を残すべきである」とも綴っている。
②チベット文化に触れた時だ。(ジミーも18歳の時にチベットを廻り、この体験が「彼らがいなくなる前に」プロジェクトの発端だと語っている。)私も20年以上の人生の中でこれほど衝撃を受けた体験は無かった。生まれる場所が違うと、人はこんなに価値観が違うものなのか?生活の大半を祈りにささげる彼らに畏敬の念を抱いた。一か月に及ぶチベットでの滞在中、夢中になって彼らの伝統的な姿をカメラで追いかけていた。ある日、家に泊めてくれていた僧侶から神妙な面持ちで話しかけられた。「私たちの文化は中国政府の政策によって消えかかっている。今日、重要な儀式を行う場所に君を連れて行くから、変装するためにチュバ(チベタンが良く着ている伝統衣装)を買いに行こう」。そして変装して向かった先で行われていたのが鳥葬だった。外国人立ち入り禁止で、中国当局の車が見回りをかいくぐっての撮影だった。北京オリンピックを控え、宗教弾圧がニュースになりだしたその年に、ウイグル自治区にも足を運んだ。彼らの伝統が醸し出す美しさに魅了されてシャッターを押していた それまでと比べて、後世に伝えなくてはいけない使命のようなものを感じ始めた瞬間だった。
伝統文化をむしばむ要因を私なりに考えてみた。
①圧倒的なスピードで発達するテクノロジー
②政治的圧力
③過度な開発で自然との調和を崩して自滅
④自然の力、特に災害
⑤観光化での擦れ 商業化されたなんちゃって民族交流
現代において、①のテクノロジーが伝統文化破壊の一番の理由になっていると思うが、日本の恵まれた環境を享受しながら、彼らに素朴なそのままの生活を求めるのは罪である。
それでも、現代社会が抱える様々な問題は、自然との調和を大切にする伝統的な生活から学ばなくてはいけないだろうことに、薄々気が付いている。
「カメラを取り出す前に彼らが差し出す得体のしれない醸造酒を飲んだ」by ジミー
ジミーは被写体との間に、信頼感が醸成することと、なすべきことへの共通の認識を持つことが重要だと言っている。共通認識とは?これは分かりにくいかもしれないが、正に私がチベットで被写体から「俺たちの文化を写真に残してくれ!」と言われたことそのものだ。彼らも自分たちの伝統文化が消えて忘れ去られることを危惧している。そんな信頼感を得るための手法もジミーに劣らず私も面白いエピソードが沢山思い出される。
コロナ禍で「ノーマルスタンダード」という言葉が一般的になり近々の文化でさえ生存が危うい中、世界の少数民族やマイナー文化は猛烈なスピードで失われているのではないだろうか。私の信じる美的感覚や審美眼で、絶滅危惧種を記録したい。ジミーのように、文化の守り手である彼らの内面までも映し出すような仕事ができたらいいと思う。そして案外、外に出なくても自分の近くに消えゆく文化はあるのかもしれない・・・。
最後に、心に突き刺さった気になる言葉はこれ
「私が彼らの写真を撮るのと同じく、彼らも私を観察していたのに気づかされた。」
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