父と走った、砂と星と動物たちの国。

2017年12月。父と私は、ナミビアへ向かった。目的地は、ナミブ砂漠、デッドフレイ、エトーシャ国立公園、ヒンバの村、スケルトンコースト、スピッツコップ。地名だけを並べれば、写真家としては夢のような行程だった。

けれど実際の旅は、ずっと予定通りには進まなかった。店が見つからず、道に迷い、砂に埋まり、パンクし、暗闇の中で車中泊をした。父と二人で交代しながらハンドルを握り、砂埃まみれになりながら、それでも次の風景へ向かって走り続けた。

主なルート:高山 → 成田 → ウィンドフック → ソリティア → セスリム → デッドフレイ → オカハンジャ → チーターファーム → エトーシャ → オプウォ → エパプ滝 → スケルトンコースト → スワコップムント → スピッツコップ → ウィンドフック → 帰国


12月3日

高山から成田へ

出発前日まで仕事が押していた。旅の前に余裕を持って気持ちを整える、という感じではまったくなかった。早朝、父と大量の荷物を車に積み込み、新宿行きの高速バスに乗った。

新宿では必要なものを買い足し、成田へ向かった。夕食は「飛行機に乗ればすぐ機内食が出るだろう」という読みで軽く済ませる。20時30分ごろ、ナミビアへ向けて出発。香港、アディスアベバを経由する長い移動が始まった。

ナミビアへ出発する前の記録
写真002 出発の決意

12月4日

ウィンドフック到着、砂埃の旅が始まる

アディスアベバを経由し、13時30分ごろナミビアのウィンドフック国際空港に到着した。12月のナミビアは真夏のはずだが、標高が高いせいか、思っていたほど暑くない。

まずはSIMカードを購入し、レンタカーの手続きをした。車はハーツの四駆。想像していたより新しく、これならいけると少し安心した。

ただ、ここからが簡単ではなかった。キャンプ用品や食料を揃えようとウィンドフック市内を走ったが、予定していた店にたどり着けない。結局、通りすがりのスーパーで食料と水だけを買い、ソリティア方面へ出発した。

ウィンドフックを出ると、舗装路はすぐにダートへ変わった。日が落ち、動物の影がちらつき、距離感もつかめない。23時過ぎ、ソリティアまで行くのをあきらめ、道路脇の空き地で車中泊することにした。

ナミビアの未舗装道路
写真003 未舗装道路。ここから砂埃の旅が始まった。

12月5日

ソリティア、セスリム、そして間違った砂丘

朝4時過ぎに起き、パンとジュースで簡単に朝食を済ませて出発した。ダートの山岳道路を下りながら、シマウマやオリックスが当たり前のように現れる。日の出が近づくころ、植物の雰囲気も変わり、砂漠地帯へ入ったことがはっきりわかった。

8時ごろソリティアに到着。ガソリンスタンドで給油し、名物らしいアップルパイのある店で2度目の朝食を取った。雨ざらしになった古い車、多肉植物、周囲を飛び回る小鳥。移動の途中で立ち寄っただけの場所なのに、すでに撮りたいものが多かった。

ソリティアの古い車
写真004 ソリティアの古い車
アップルパイの店
写真004 アップルパイの店

10時ごろ、今日の宿営地であるセスリムへ向かった。砂漠と遠くの岩山を見ながらのドライブ。途中にはシマウマ、オリックス、ヌー、ダチョウも現れた。セスリムに着くと、テントを張り、明朝行く予定のデッドフレイの下見に出た。

ところが、どちらへ歩けばいいのかわからない。標識らしいものもなく、砂丘に残った足跡を頼りに歩き始めた。午後の砂丘は暑く、父は途中で体調を考えて引き返した。私は稜線まで登ったが、そこにあったのはさらに続く砂丘だけで、デッドフレイらしき景色は見えない。どうやら完全に方向を間違えていた。

セスリムでのキャンプ
写真005 キャンプの様子
セスリム周辺の砂丘
写真005 セスリム周辺の砂丘

12月6日

デッドフレイ、パンク、そしてオカハンジャの宿

朝4時に起き、5時のゲートオープンに合わせて並んだ。デッドフレイへ日の出前に着くためだ。ソッサスフレイに着いたものの、昨日と同じく方向がわからない。そこへ後続の日本人旅行者が到着し、GPSを頼りに一緒に向かうことになった。

昨日向かった方向とは真逆だった。早朝の砂丘は涼しく、前日とは別世界のように歩きやすい。稜線を越えると、白い大地に黒い枯れ木が立つデッドフレイが現れた。朝日に照らされる直前の静けさ。写真で見ていた場所なのに、実際に立つとまるで違う。そこだけ時間が止まっているようだった。

デッドフレイの枯れ木
写真006 デッドフレイの枯れ木
デッドフレイを歩く父と朝日
写真006 デッドフレイを歩く父と朝日

9時ごろまで撮影し、観光客が増え始めたところで戻った。ソリティアで給油し、朝食を取り、さて出発しようとしたところでタイヤのパンクに気づいた。ラフロードをかなり走っていたので仕方ないとも思ったが、海外でのパンクはやはり緊張する。ただ、ガソリンスタンドのすぐ近くで気づけたのは幸運だった。

その後、ウィンドフック方面へ戻る途中で少し不思議な検問もあった。空模様も怪しくなり、ウィンドフックで宿を探すのはあきらめてオカハンジャ方面へ。夜遅く、ようやくゲストハウスに落ち着いた。久しぶりのベッドがありがたかった。

ナミビア道中の山岳風景
写真007 道中の山岳風景

12月7日

装備を整え、チーターファームへ

朝、ゲストハウスでしっかり朝食を取った。車を掃除し、荷物をまとめ直してからチェックアウト。宿のオーナーにキャンプ用品店の場所を教えてもらい、ようやく必要なものを揃えることができた。

チーターファームへ向かったが、ナビ通りに進んでもなかなかたどり着けない。現地の人に聞いてもはっきりせず、予定していたチータードライブはあきらめることになった。それでも夕方にはなんとか到着し、翌朝のチーターランとドライブを予約できた。旅は予定通りには進まないが、なんとか帳尻は合っていく。

オカハンジャのゲストハウス
写真008 ゲストハウス

12月8日

チーター、エトーシャ、夜のウォーターホール

朝、チーターファームでチーターランを見た。ここは、怪我をしたチーターや、親とはぐれた子どものチーターを保護する施設でもある。野生ではありえない距離でチーターの姿を見ることができた。

近距離で観察したチーター
写真009 近接でチーターを観察

昼前、いよいよエトーシャ国立公園へ向かう。制限速度120キロの舗装路を北上し、16時30分ごろオカクエジョに到着した。夜、ウォーターホールへ行くと、サイが何頭も現れた。さらにゾウも来た。暗闇の中、水場に集まる大きな動物たちを見ていると、こちらが彼らの世界に少しだけ入れてもらっているような感覚になる。

夜のウォーターホールで見たゾウ
写真010 夜のウォーターホールでゾウを見た

12月9日

朝のライオンと、エトーシャの一日

朝、私は一人でサファリドライブに出た。まだ光が柔らかい時間、車を走らせていると、メスライオンが道を渡っていった。頭の中が一瞬真っ白になった。ライオンと朝日。あまりに出来すぎた組み合わせに、車内で思わず「アフリカすげえ」と声が出た。

朝食後、父と一緒に本格的にエトーシャを走った。道路には前夜の雨で水たまりが多く、タイヤが跳ね上げた水が窓から入ってくる。シマウマ、ヌー、スプリングボック、ダチョウ、インパラ。目を凝らせば、被写体は尽きなかった。

朝のライオン
写真011 朝のライオン
エトーシャのシマウマ
写真011 シマウマ

12月10日

エトーシャを抜け、オプウォへ

朝5時ごろ起床。コーンフレークで簡単に朝食を済ませ、再びサファリドライブへ出た。前日までのブッシュ混じりの荒野とは違い、乾いた湖底のような平原が延々と続く。動物の密度は少し落ちたが、また違うアフリカらしさがあった。

午後、エトーシャを出てオプウォへ向かった。オプウォは、ヒンバの村を訪ねるための拠点になる町だ。夕方までに到着し、宿へチェックイン。近くのスーパーで買い物をし、翌朝、ヒンバの村へ案内してくれるガイドと会う約束をした。

オプウォのスーパー
写真012 オプウォのスーパー

12月11日

ヒンバの村、そしてエパプの夜

朝食後、銀行へ行こうとしたが、何かの記念日で開いていなかった。近くで話していた女性に声をかけると、わかりやすい英語で「今日は開いていない」と教えてくれた。その流れで、ヒンバの村へ行かないかという話になった。

村へ持っていくため、小麦粉や菓子などを買い、ガイドと一緒に車で奥へ入っていった。30分から40分ほどで最初の村に到着。通訳を介して挨拶し、撮影の時間をもらった。

ヒンバの人たちは、確かに美しかった。装い、肌の色、立ち姿、生活の道具。そのすべてが強烈に目に入ってくる。ただ、観光客として村を訪ね、カメラを向けることには、簡単には言葉にできない緊張もあった。撮りたい。でも、ただ消費するようには撮りたくない。

ヒンバの子
写真013 ヒンバの子
ヒンバ族の子供たちと父
写真013 ヒンバ族の子供たちと父
ヒンバの赤い土を縫ってもらう私
写真013 ヒンバの赤い土を縫ってもらう私
ヒンバの娘
写真013 ヒンバの娘

午後、エパプ滝へ向かった。18時ごろ到着し、キャンプサイトで野営することにした。夜、急な雨がテントを叩いた。川の近くということもあり、かなり怖い。途中で車に避難して眠った。ナミビアの夜は、星が美しいだけではなかった。

エパプのキャンプサイト
写真014 キャンプサイト
エパプ滝周辺で雨の気配
写真014 エパプ滝周辺で雨の気配

12月12日

水の少ないエパプ滝と、オプウォの夜

朝、キャンプを撤収し、エパプ滝を撮るために近くの丘へ登った。現地の人によると、最近雨が少なく、例年になく水量が少ないらしい。実際に歩き回ってみたが、期待していた迫力には届かなかった。早々にオプウォへ戻ることにした。

夕食後、私は街の夜を撮影したくなって外へ出た。若者たちが集まり、ゲームのような遊びをしている場所があり、そこから地元の人たちと話す流れになった。旅先で人と距離が縮まる瞬間は面白い。けれど、その距離が急に近くなりすぎることもある。深追いせず、宿へ戻った。

オプウォの市場
写真015 オプウォの市場
オプウォで出会った友人
写真015 オプウォの友人
オプウォで出会った友人たち
写真015 オプウォの友人

12月13日

スケルトンコースト方面へ

朝食後、燃料を補給し、スケルトンコースト方面へ出発した。オプウォを出て南下する。道は広く走りやすいが、未舗装なので砂埃がひどい。対向車とすれ違うと、しばらく視界が白くなるほどだった。

赤土、砂礫の荒野、岩山、まばらなブッシュ。集落はあるが、町と呼べる場所はほとんどない。ヤギや牛が道沿いに現れ、ボトルツリーのような太い幹の植物もちらほら見える。移動距離も長く、疲れも出ていたと思う。それでも、風景は確実に変わっていく。

荒野で遭遇したキリンの群れ
写真016 荒野でキリンの群れに遭遇
ナミビアのバオバブ
写真016 バオバブ
赤土の道とボトルツリーのような植物
写真016 赤土の道、ボトルツリーのような植物

12月14日

ケープクロス、スワコップムント、そして砂に埋まる

朝、宿で朝食を取り、スケルトンコーストへ向かった。海岸地帯へ近づくと、景色が一気に変わった。白っぽい荒涼とした砂漠、低い灌木、そして急に下がる気温。真夏のアフリカとは思えないほど寒く、上着が必要になった。

ケープクロスでは、オットセイの群れを見た。車を降りた瞬間、強烈な匂いがした。美しいというより、生き物の密度そのものに圧倒される場所だった。

ケープクロスのオットセイ
写真017 ケープクロスのオットセイ

その後、スワコップムントへ。海沿いの街は、内陸とはまったく違う表情を持っていた。フラミンゴやペリカンを撮影しながら、さらに奥へ進んだところで大きなトラブルが起きた。車が砂にスタックしたのだ。

日が傾き、周囲に人は少ない。レンタカー会社へ連絡したが、すぐには来ない。そこへ通りがかった地元の人たちが、空気圧を調整し、牽引ロープを使って、手慣れた様子で引き出してくれた。あの時の安心感は忘れられない。

スワコップムントのフラミンゴ
写真018 スワコップムントのフラミンゴ

12月15日

奇想天外と、海沿いの鳥たち

朝、宿のレストランで朝食を取った。ナミビアで久しぶりに日本人旅行者にも会った。旅先で同じ国の人に会うと、それだけで少し現実に戻される感じがする。

その後、ムーンランドスケープへ向かい、ウェルウィッチアを見に行った。日本名は「奇想天外」。ナミブ砂漠にだけ生育する珍しい植物で、以前に種子から育てようとして失敗したこともある。現地でその姿を見ると、植物というより、時間そのものが地面に張り付いているようだった。

ウェルウィッチア
写真019 ウェルウィッチア

午後はウォルビスベイ方面へ。海沿いの公園にはフラミンゴやペリカンがいた。期待していた大群というほどではなかったが、水辺に立つ鳥たちの姿は、砂漠を走ってきた目にはとても新鮮だった。夜はゲームミートを食べた。

ウォルビスベイのペリカン
写真020 ウォルビスベイのペリカン
ナミビアのゲームミート
写真020 ゲームミート
ナミビア海沿いの街
写真020 海沿いの街

12月16日

スワコップムントからスピッツコップへ

朝、フラミンゴの撮影に未練があり、もう一度ウォルビスベイへ向かった。潮の満ち引きで大きな群れが見られないかと期待したが、前日と大きくは変わらなかった。

スワコップムントへ戻り、市内を少し歩いて昼食を取った。土産物を少し買って、今日の目的地スピッツコップへ向かう。海岸地帯から内陸へ入ると、標高が上がっているはずなのに気温が上がっていった。寒流の影響を受ける海沿いから離れ、夏のアフリカが戻ってくる。

やがて、スピッツコップの岩山が見えた。その規模感には驚いた。丸みを帯びた巨大な岩肌は、マシュマロのようでもあり、別の惑星の地形のようでもあった。

スピッツコップへ向かう道
写真021 スピッツコップへ向かう道
スピッツコップの巨大な岩山
写真021 巨大な岩山
スピッツコップのキャンプ地
写真021 キャンプ地

12月17日

スピッツコップの星空、そしてウィンドフックへ

スピッツコップの夜、満天の星空の下で撮影した。水も電気もない不便な場所だったが、星を撮るにはそれ以上ない環境だった。旅の疲れも、移動の長さも、この夜のためにあったように思えた。

朝、岩のブリッジを探して車を走らせた。なかなか見つからず、半ばあきらめかけたころ、キャンプ地の近くでそれらしい岩を見つけた。結果的には、探していた時間も含めて良い朝になった。

スピッツコップの星空
写真022 スピッツコップの星空
スピッツブリッジ
写真022 スピッツブリッジ

10時30分ごろ、ウィンドフックへ向けて出発。13時過ぎに到着し、食事をしながら宿を探した。最後の宿は、市街地に近いのに静かな庭のある場所だった。長かった旅が終わりに近づいていることが、少し寂しかった。

ウィンドフック最後の宿
写真023 ウィンドフック最後の宿

12月18日から19日

ナミビアを離れる

朝早く起き、荷造りを済ませた。宿で朝食を取り、まずは車を洗車に出した。砂埃にまみれた車は、この旅そのもののようだった。

洗車の間にクラフトマーケットへ行き、土産を探した。お茶に使えそうなものや、当時まだ妻になる前だった喜恵さんへの土産も探した。好みがわからず迷った末に、カットされた石を買った。

空港へ向かう一直線の道を走りながら、こんなドライブは当分することがないだろうと思った。14時30分ごろ、ウィンドフックを離陸。長い乗り継ぎを経て、日本へ戻った。

ウィンドフックのクラフトマーケット
写真024 クラフトマーケット
帰路、旅の終わりを感じる写真
写真025 帰路、旅の終わりを感じる写真

12月20日

高山へ帰る

朝、新宿から高速バスに乗り、高山へ戻った。昼過ぎに到着し、タクシーで自宅へ。旅が終わった。

ナミビアは、不思議な国だった。匂いが少なく、道は広く、空は大きく、動物は当たり前のように現れる。一方で、格差のようなものも見えた。旅行者として見える範囲は限られているが、美しい風景の外側には、必ず人の暮らしがある。

父とは交代で運転し、時には意見も食い違い、時には無言のまま長い道を進んだ。親子だからこそ遠慮がなく、親子だからこそ言葉にしないまま共有できる時間もあった。

ナミビアで撮った写真を見ると、砂漠や動物や星空だけでなく、車内の砂埃や、眠気や、緊張や、父の背中まで思い出す。旅は、絶景だけでできているわけではない。道に迷い、怖い思いをし、誰かに助けられ、また走り出す。その全部が、私のナミビアだった。